|
|
![]() |
|
■仙台発祥説を裏づける根拠 創作されたとされる時期は、神田「揚子江飯店」の方が4年ほど早く、それだけを見れば、神田説が有力です。また、名前も、瀧亭は「涼拌麺」で、揚子江飯店は「五目涼拌麺」とあり、どちらも同じ涼拌麺で、揚子江飯店の方が早く開発したのではないかと思われます。※現在は、どちらも「発祥の店」としてPRしている 。 確かに、「冷たい中華そば」という意味での提供は、神田「揚子江飯店」の方が早いのかもしれませんが、「冷やし中華」という名称の始まりは、仙台説が有力とされています。 仙台説が有力視されている理由には、単なる口伝ではなく、比較的具体的な歴史的事実が記録として残っていることもありますが、大きな要因として「冷やし中華」という呼び名自体にあります。 ◆呼び名による根拠 冷やし中華という名称が一般的になった現在でも、関西は「冷麺」、北海道は「冷やしラーメン」(東北の山形では、冷製スープに入れたラーメンを指す)、東北の一部では「冷風麺」とも呼ばれる。では、冷やし中華の「中華」は何を意味するのか。もちろん、単純には「中国(or中華思想)」を表しますが、一般的には「料理」や「麺」と結びついて表現されるもの。 しかし、昭和初期から、東北地方では「中華」は「ラーメン(当時は中華蕎麦またはシナ蕎麦と呼んだと思われる)」を指す言葉として認識されており、その習慣は今でも残っているという説があります。 「冷やし中華」という名前は「冷やした中華そば」というイメージと思われますが、「中華」だけを採ってみると、大変奇妙な呼び名に見えます。 その点、東北地方で「中華=ラーメン(中華蕎麦)」という認識が一般的であれば、当初「涼拌麺」とされたものが、一般名称として「冷やし中華」と呼ばれるものになって行ったということが、容易に想像できます。 本格的に全国区になったのは、1960年代に入り、仙台の製麺会社「だい久製麺」が家庭用の液状タレ付き「元祖だい久 冷やし中華」を発売したことが全国展開の転機となったとされており、また、同時に、家庭用の冷蔵庫が普及したことが拍車をかけたとされています。 そうした背景を考えても、「冷やし中華」という名称の始まりは、仙台「瀧亭」ではないかと思われます。 そもそも「涼拌麺」とは 「涼拌麺」とは、中国の四川省や上海などで食べられている汁なしの和え麺です。茹でた麺と具材をタレで和えて食べる中国発祥の麺料理で、茹でた麺を水で締めることはせず(うちわ等で冷ます)、細切り肉やもやしなどの具材を載せ、ゴマやピーナッツベースの濃厚なタレや黒酢などで和えて食べます。 冷水で締めて提供するのは、日本独自の発想で、醤油ダレかごまダレをかけ、甘酸っぱい味で提供するのも、日本オリジナル。
■「冷やし中華始めました」の張り紙は いつから? |
Copyright © Zenchuren All Rights Reserved